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zoom RSS 教団の社会運動の変遷・・へぇ。その1

<<   作成日時 : 2012/07/31 23:59   >>

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先日、とある仏教教団が組織改編を行うにあたり、それまで教団の中心に位置づけていた運動の名称と内容を変えたというお話を伺った。けっこう刺激的なお話が多かったのだけど、その中でも印象に残ったことをいくつか・・・。

そもそも門徒さんを中心とした活動が始まったのは、戦後の高度経済成長の時代。
この宗派の寺院の多くは、農村部にあったために、地域の人々が都市部へ職を求めて移動していった。
それだけなら、門徒さんが農村部から都市部へ移動しただけの話かもしれないが、移動する際に「信心(といっていいのかはさておき)」を一緒に持ってはいかなかったという。

これまで門徒と考えられていた人たちは、寺がそばにある環境のもとでは仏教も生活習慣の一部だったかもしれないが、心にまではしみわたっていなかったわけだ。
その現れの一つに、都市部へ移住した門徒さんの中には、新宗教団体に折伏されていったケースがあとをたたなかったという。
ある意味、宗教への関心を中途半端に持っていた。完全否定をするわけではなく、宗教についての会話が始まれば耳を傾ける。しかし、阿弥陀仏の絵像の裏に「方便法身尊像」と書いてあるのを、「ほら、この仏様は方便なんですよ。ほんものじゃないんです」と間違った解釈を説かれてしまい、それを信じて、あちらの教団へ。
鳴くようぐいすほうほうけきょ。

これは、僧侶と門徒の関係も、あう意味なあなあになっていたからだろうと、教団は危機感を募らせた。

「名ばかりの門徒、形ばかりの僧侶」
当時のご門主が、門徒が真の意味で門徒でなかったことだけでなく、教えを説くことをおざなりにしてきた僧侶を嘆いた。

すごい。宗教者による自己批判って萌える。
他人だけの責任にせず、我が身を振り返る。この自虐的な情けなさ。いいすね。
そして、その後、この教団は(ってバレバレですが)、信者を強化していく運動と、教団として社会へ問いかけ、関わる運動を展開するのであった。

続きは明日。

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