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zoom RSS 真宗のお坊さんと飲む

<<   作成日時 : 2008/02/15 10:22   >>

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昨日の夜は、なぜか真宗のお坊さん数人を前に飲むことになった。みなさん、東京教区の中では何らかの役職をもっていらっしゃるとのことでしたが、相談員以外は何の役職かもわからなかった。

っつーか、私が連れて行かれた段階で、既にみなさんご機嫌状態。以前から存じていた知古の方々以外は、私が現れたことすら覚えていらっしゃらないんじゃないかって?

さて、以前から知り合いのお坊さんに聞かれた。
「いろんなお坊さんとおつき合いがあるでしょ・・・。将来性ってどう思う?」

思わず、
「将来性って私の将来ですか?」
って聞き返してしまった。お坊さんと一緒に仕事をしているが故に、私の将来性は暗いって感じているところを突かれたのかと一瞬ドキッとする。

お坊さんの将来性を問われたのではありますが、それはその人次第だろうなぁとしかいいようがない。
会話の中でも出てきたけれど、例えば、とっても良いお葬式をしていただいて、そのお坊さんのお話に心打たれて、そのお寺に今後の法事等々も頼むことに・・・っていうのは確かにあるんでしょうけれど、それは必ずしも真宗に帰依したとは限らない。
でも、私はそれはそれでいいと思うんだけど・・・。
日頃の積み重ねがなきゃ、教えの意味に気付く瞬間はないでしょうからねー。
寺の数が増える、ご門徒さんの数が増えるっていう前に、どれくらい僧侶との接点が増えるかっていうことの方が大切かも。

永平寺に行く前に、道元禅師に関する本を少々読んだ。
座禅・・座るということで悟りを得ることにつながるというイメージだったのだけれど、だったらその悟りってなんだっていうことで、どうも素人解釈でいえば、座っていれば悟れるといった考え自体が間違いだったことに気付くというのか、宇宙の計らいの中で生きていることに気付くというのか、そういうことらしい。(とっても曖昧ですみません)

いきつくところは、真宗さんが常日頃説いていらっしゃる「阿弥陀さまの計らい」「生かされるいのち」みたいなところととっても通じるものがあって、それに気付くプロセスが違っているような、単純なレベルでしか理解できない私はそんな気がしたりして。

などと書くと、お坊さんたちに怒られそうだけど、とりあえず現段階の理解ということで書き留めておきます。

何かに気付くには、それなりの体験や経験があった上で、何らかの瞬間に気付くんじゃないかと思うんで、真宗のお坊さんもそのプロセス作りを工夫すると、また違う展開が出てくるんじゃないかなぁ・・・。

あとねぇ・・・いや、書き出すととりとめなくなるんで、どつぼにはまるんで(どっちが?)、文句になるんで、いや、とにかくここでやめときます。

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